人生初インターン
こういうのは参加してすぐに書かなければ意味がないのは分かっているがついつい後回しにしてしまうのが私の悪い癖だ
今になって書こうと思ったのはちょうど春休みの自分の行動の振り返りをしていたから
さて、遠い昔である2月22日に人生初のインターンに参加した
インターンといっても1日だけの短いもので、応募も先着順というラフなものだった
広告会社なのだけれど、ブランド作りから販売まで担うD2Cの会社
なんだいD2Cって。って思ってたし、何なら今でも思ってる
やったことといえばSPI受けて、そのあとはクリエイティブな作業
例えば時間内に新商品を考えなさい
時間内にその商品を売り出すページのラフ画を描きなさい
思いつく限りのポジティブな言葉を書き出しなさい
などなど
これはかなに個人差が出ていたのが面白かった
全然ペンが進まない者の隣にはまるで事前に考えてきたんじゃないかというような勢いで新商品のページをサラサラ描いている者が座ってた
このインターンに参加したそもそもの理由は、自分がクリエイティブ職に向いているかどうかを判断するためだった
結果的には楽しかったけど、能があるかと言われたらはっきりと肯定できない
余計自分自身を悩ませてしまう結果となった
就活ってすごく自分について考える時間だけど、だからこそしっかり自己分析して自分が本当にやりたいこと、自分が向いていることというのを探すことの重要性っていうのをひしひしと感じる
だから採用面接でアピールするためにインターンにボコスカボコスカ参加するんじゃなくて「この仕事は向いているかな」「この仕事は好きかな」というのを探るための手段としてインターンを使いたいと思う
あくまで手段。
一緒に参加していた子の中に同じ研究領域なのに私は理系学部、彼女は文系学部だった
それにすごく感動して、よりこの研究領域を深めていくことで理系・文系の境目をなせたら楽しいだろうなと感じた
こんなふうに面白い出会いもあるから、ただ就活面接での「自分頑張ってきましたよ」アピールに使うだぇでは勿体無いなと思うのだ
人生はどこでもドア
エッセイに影響されやすい私。
最初に読んだのは小川糸さんのエッセイだ。たしかぷかぷか天国だった気がする。
毎回表紙の絵も可愛くて全部集めたくなる。
小川糸さんは海外に”ちょい住み”をして執筆活動をしている。
小川糸さんの影響で私もこうやって短い文章を不定期に書くようになった。(いつか私が有名になってこれがエッセイ集として出版されたらおもしろいな)
そして今回新しい作家さんのエッセイに出会った。
稲垣えみ子さんの「人生はどこでもドア」というエッセイ。
なんと私が大学1年生の時に滞在したリヨンが舞台になってるんだから読まない選択肢はないよね!
彼女は勤めていた新聞社をやめ、フリーランスになってから3年、フランス語もできなければ英語もできない稲垣さんは単身、「生活」をするためにフランスのリヨンへ飛び立つ。
空港についてからのハプニングの連続やマルシェでの買い物の話は私も同じような体験をしたのもあってすごく読んでいて面白い。
でも彼女と私の違いは、彼女は「生活」をするためにリヨンにいること。同じカフェに何度も通い、現地の人と短いコミュニケーションをとる。一切観光情報を見ずにただただ生活を送る、彼女はそれを目的としていた。
対して私はとにかくフランス語を勉強するため。食材はコンビニ化スーパーでそろえて週末はどこかに旅行に行った。
もう一度リヨンに行けたなら私も行きつけのカフェを作りたい。私もコンビニやスーパーではなくて毎日マルシェに通って自分で食材を全部集めて料理したい。願わくば近所の人と顔見知りになりたい。
もう一度リヨンに行けたなら。
私には少しはフランス語が理解できるというアドバンテージがあるからきっと稲垣さんよりは簡単に「生活」ができるはず。
こんなふうに海外暮らしを夢見るのはやはり島国の人間の習性なのかしら。
明日歯医者に行こうとして家の玄関の扉を開いたら目の前にリヨンの景色が広がっていたらいいな。
どこでもドアのように。
自信とカボチャのニョッキ
ついに研究補助の仕事が3か月ぶりに舞い降りてきた!
な、な、なんと今回はさすが英語科の業務補助という感じ、学術論文の翻訳!!
できるのか?このエセ帰国子女にでき得る仕事なのか?
結論から言うとできた。翻訳機万歳。翻訳機の精度上げる仕事してみたい。
翻訳機に助けられたわけだけれどもなんかちょっとニュアンスが違ったり、専門用語はちゃんと指定の通りに訳さなきゃいけなかったりと2本訳すだけで33時間もかかってしまった。
論文を読んでいて少し落ち込んだ点がある。
私の知らないうちに私は研究補助の仕事の採用に脱落していた事実を知った。というのも、研究で学生のライティングの評価をしたことが書かれているのだけれどもその補助を私とは別の研究補助者が手伝っていたのである。
思い返せば去年ライティングの評価の業務を頼まれたことがあった。だけど私の評価は論文では採用されなかった。
確かに私の今までの経験は評価の信憑性を落とすものではある。研究補助者ではあるけれども2年間しか海外経験はないし、それもかなり幼い頃。対してもう一人の採用された研究補助者は小・中学校と海外で奨学金を毎年とるほどの成績優秀者。どう考えても彼を採用した方が論文の信憑性は増す。
だけど悔し~ね
日本でずっと英語を勉強していたからって評価の信憑性は落ちるのだろうか。
ずっと海外にいたからと言って正確な評価ができるのだろうか(まあ彼は申し分のない頭脳の持ち主で実際私よりはるかに優秀であるのは確かだが、一般論としてね。)
今まで自分の経験を後悔したり引け目を感じたりしたことはなかった。
常に自信をもって「私には2年間の海外経験がある」「中学校はレベルが低いから高校受験をした」「高校でも成績上位に入っていた」「大学でも一応上位層にはいる」といえたわけ。
だけどこのたった20枚ほどの論文によって自信を少しなくしてしまった。
私の経験はそんなに誇れるものではないのではないだろうか。
元気を出しなさい、私。
人と比べてどうするの(こういう時にこういう言葉って役に立つ)。
自分で誇れるって思ってるんだったらそれでいいじゃない。
他人の経験が自分のよりも優れているからって気落ちすることはないのよ。
今までの選択を恥じることはない。
今までのことももちろん大事だけど、これからどうするかっていうのも同じように大事。
そうやって自分を慰められるのはあるエッセイを読んだからなんだよね。
やっぱりエッセイって好き。
エッセイに影響されがちな人生なんだわきっと。
だってそのエッセイの作者の影響でめったに料理をしない私が今度かぼちゃのニョッキを作ろうとしてるんだもの。
今まで料理をしてこなかったからと言って絶対にかぼちゃのニョッキが作れないというわけではないものね。
キッザニアの悟り
恵方巻は食べるけど、方角とかしゃべっちゃいけないとかあんまり気にしないタイプ。
今年もテレビのプーチン大統領のニュースを聞きながら「卵もう一本ほしい」「まだ海老が回答しきれてなくてシャリってしてる!」とかああだこうだ言いながら食べた。
食べ物はやっぱりしゃべりながら食べないとおいしくないよね。
去年の夏休みはむやみに外に出れないし、そもそも遊びに行く友達も対しているわけじゃないから自分と向き合う時間が多かった気がする。
まずインターンという意識の高いものに手を出してみたいと思ってまず就活アプリに登録した。
自分の情報を入力するのにどれくらい時間がかかっただろう。
やっと入力が97%になったのはつい最近。
それくらい入力情報が多いし、20年も生きてるとこんだけ自分固有の情報っていうのがあるんだなと実感。
このアプリでは登録者の情報を読んだ企業からのスカウトを受け取ることで特別な座談会とか採用面接に進むことができる仕組み。
これまで私は5つほどのスカウトを受けて、そのうち1社の説明会に参加した。
そこでは理系だけど経産省に入省した人の話を聞いて、自分の志望業種を勝手に絞らないことの大切さというのを学んだ。
こういう説明会って今までは多分実際に会社に足を運んで聞きにいかなきゃいけなかったはず。だけどこの状況だから全てオンラインで開催される。
着替えるのも面倒、都心に行くのに時間がかかる私にとってはこういった説明会への参加の敷居が一気に下がった。
コロナ禍も悪いもんだけじゃないんだなあ。
来週も1社説明会・座談会に参加する。これは女性の働き方について話してくれるらしい。
スカウトメールでは「実際にあなたの情報を見ましたよ」アピールをするための文章が必ず含まれている。例えば「〇〇さんの幅広い分野の知識を得ることを重要視している点に魅力を感じてスカウトしました」とかね。
単純な私はこれだけでうれしい。
あったことのない人に文章だけ読まれて魅力を見つけてくれた!
舞い上がるわけだ。
そして単純な私はついに自分からインターンに申し込んだ。
デザインやマーケティングを行う会社の1dayインターン。運が良ければ次の月にお給料ももらえるインターンへの採用もしてくれる。
インターンと聞くと何か月も働いていっぱい上司にたたかれてしんどいのではないだろうか、って勝手なイメージを持ってたけど1dayっていうのもあるんだね。
インターンの内容を読んでみると、キッザニアみたい。お仕事体験。
そう悟ってからはなんだかインターン参加の敷居までも下がってきて他にもないかなーと探すようにもなった。
こうやってコツコツ地味~に就活を始めるっていうのもいいのかも。
後輩は大1の時から長期インターンをやってインタビュー受けて記事にもされたスーパーマンがいるけど、私はそこまで活動的ではない。だからと言って不真面目なわけではない。
こういう感じで適度にだらけながらもやることはちゃんとやっていくスタイル、ぜひ貫き通したいね。
今日も今日とて2022卒の学生に向けて大学が主催する企業説明会をzoomでちょこっと聞いている。実際に聞きたいのは企業の情報じゃなくて質問コーナー。院進学した方がいいのかとかそういう内容は実に興味深い。
結論としてはいろんなキッザニアに行こうかなって思ったよって話。
気持ちをここまで持っていくのに半年以上もかかったけど、地味にコツコツ進めていきましょう。
good job
大学生の春休みは長い。
始まるのも早い。特に今年はオンライン授業だったから試験も少なく、ほとんどがレポート課題だったから1月末にはもう春休みに入っていた。
レポート系は冬休み中に終わらせておいたのでオンライン試験がある科目の勉強に集中できたのは本当によかったと思う。Good job、年末の自分。
今回の期末試験・課題で一番印象的だったのは、勉強が大変ではなるけど、楽しかったこと。
レポート試験と言って時間内に提示された課題に対するレポートを書く形式のテストが3つあった。3つともオンデマンド授業だったから15回分の講義ビデオを最初から見直してみた。
2倍速で再生し、メモもとって、、、
頭はフル回転だったけど、本当に、本当に楽しかった。
講義の分野が本当に自分が好きなものなんだなって理解したころにはもう第14回講義のビデオに突入しちゃってたから試験終わったけどもう一回1から見直してみたいって思うほど。
考えてみれば自分か今まで一生懸命勉強してきたのは中学時代は学年1位をキープしたかったから、高校時代はなんとなく上位にいれば胸張って生きれると思ったから、大学からは留年しないために、だった。
だけど今回、そんなふうに自分を守ることを目的とせず、本当に自分の好きな分野を知りたいからそれを勉強することができた。
大きな第一歩。
good job、自分。
こうやって自己肯定感の高い人間になれるようにこれからもハッピーに生きていけたらいいな。
元旦です
元日にネトフリで配信が始まったパラサイトを見た。映画公開したときに映画館で見て以来2回目。
大学の講義で映画の授業が必修であるからなんか影がどうのとか描写がどうのとか考えまくったけど1番驚いたのは序盤にパク・ソジュンがでてたこと
2020年から2021年になる瞬間って今までの大晦日から元旦の境目史上もっともぬるっとした境目だった気がする。
どうせ感染者数は大晦日と元旦で変わらないしって思う。
今年の目標はとりあえず研究室を決めて自分のやりたいことをさらに詳細化していくこと。
それと安定したバイトを探したい。
家庭教師は収入が少ないし大学の研究補助もここ3ヶ月仕事が全くない。
新しく始める会社のマーケティングの仕事も歩合制だから安定ではない。
やっぱり塾がいいな。
去年の反省は夏休みにaffinityを勉強しなかったこと。この残り少ない冬休みでできるところまで頑張ってみる。
パラサイトでは「下には下がいる」っていうメッセージが見えたんだけどそれはつまり結局「上には上がいる」ってことだから前向いて頑張っていこう。きっとオンライン授業もどんどん改善されて快適になるはず!
終わりが見えると
終わりが見えると途端にやる気が出るのは私だけだろうか。
先週は本当にぐうたら人間だった。
月曜1限から寝坊するし、授業の合間はベッドで熟睡、授業中も出席だけ登録して聞かずに睡眠...
どれだけ寝れば眠くならないのかすごく不思議。
かろうじて課題は期限内に終わらせて、でもやらなければいけない勉強は一切やらなかった。
というのもついに限界突破なのだ。
春学期はスタートが遅くて授業は12週しかなかったけど、秋学期は予定通り始まったから15週あって今はその13週目に突入している。
オンライン授業、未知の領域。
でも授業も今日でひと段落。明日から冬休み。束の間の休憩。
たかが10日間、されど10日間。
この10日の間に何をしようかと考えるのが今日の流行り。
これを勉強しよう。あ、あれも早めに終わらせた方がいいな。ここをもっと考えとかないと後で大変なことになる。ここの掃除もしておかなきゃ...
とまあこんなふうに考えてついには綺麗にリストまで作ってしまった。
とはいっても全てできるとは思ってないから自分のペースでコツコツと。
終わりが見えるとやる気がでてくる。
研究室選択も就職も全部そうであってほしいな。